悲しい話-宗教法人の犯した罪
ワタシは宗教が嫌いではありません。
キリスト教であれ、仏教であれ、イスラム教にだって、共感できる部分はあるし。自分自身、ゴスペルによって救われた経験も持っている、、、それぞれの宗教にそれぞれいいところがあって、「心を救う」というテーマのために必要とされているし、これからも大事な役割があると思うのだけれど。
おとといあたりから『聖神中●教会』の牧師と称する人が、未成年の少女に性的暴行をしたというニュースがTVにバンバン出てますよね。
ニュースの取り上げ方も、信者には少女が多いとか、歌と音楽が好きで一種のマインドコントロール状態に入っているとか、みんなが一緒に振り付けをして歌っていたり、どうもオウムっぽいカルト宗教としてとらえているよう。
あれ見てて、思いました。多かれ少なかれ宗教の要素の中にはある種の高揚感というか、開放された心の部分があって、周りの人が見ると少しいかがわしく感じられるところがあるんじゃないの、って。
ニュースなどで繰り返し流している映像部分だけをとらえると、ゴスペルなんかはまさにマインドコントロールの世界だよね。モザイクなんかかけた日にゃまるでカルト教団の集会じゃない?
ワタシはくやしい。
あんな欲の突っ張ったよエロ牧師のせいで、そういった「心の救い」をもたらそうとする教会・お寺の人たちや、それにすがろうと人たちが、世間からの冷たい視線をよりあびるかも知れないから。ワタシの愛するゴスペルに対しても、そういった目と戦わなくてはいけなくなるかもしれないと思うと。そしてほんとうに助けが必要な人にも、宗教に触れる機会が減ってしますのではないかと思うと。
この記事を読んで見てください。昨日、最高裁で死刑の判決が下った、元オウム真理教の岡崎被告の手記です。彼の罪は許されるべきではない。ただ、そんな彼にも宗教はこんな力ももたらすのかと、感銘します。
http://www.asahi.com/national/update/0407/TKY200504060350.html
| 固定リンク


コメント
TBさせていただきました。
inbeさんは誤解してます。
「聖神中央教会」は、立派なカルト教団です。
霊感商法で有名な、統一教会の亜流だそうです。
いかがわしく感じられるところがあるのは、いかがわしい教団だからです。
そこに、行こうと入信しようと自己責任ですから、誰も文句を言わないですが…
今回は、自己責任の取れない子供だったわけです。
「○○教はいいですよ」なんて、大抵、信者勧誘もありますよね。
そこを、敬遠するんです。
ゴスペルを歌ってるだけで、いかがわしい目で見られることは無いですよ。
元オウム真理教の岡崎被告の手記ですが、
朝日の独占ですよね。
なにか、裏があるようですね…
信仰も大事ですが…
物事の本質を見るのも大事ではないでしょうか?
投稿: super_x | 2005年4月 9日 (土) 11:25
コメントありがとうございました。
ブログを読むと、誤解があるように感じたわけです。すいませんでした。
>宗教を信じる人たちに偏見の目を…
って、ありますが…
なぜ、そうなんでしょう?
先に謝っときますが…ナンセンスです。
自分を卑下するような言い方はやめてください。好きじゃないです。
それは、宗教を信じる人たちに悪い事をしている感覚があるのからじゃないでしょうか?
信仰は悪でしょうか?
そうじゃないはずです。
他人に押し付けるものでもないはずです。
好きでやることです。気にしなければいいと思いませんか?
他人に迷惑かけなければ、思いっきりやればいいんじゃないですかね。
親御さんのコメントも、軽く笑い飛ばせばいいと思います。
これも偏見ですかね?
投稿: super_x | 2005年4月 9日 (土) 13:26